「筑後か、行きたくないな」 渡邉陸の本音…投手陣から聞こえる「捕手らしくなってきた」

渡邉陸【写真:古川剛伊】
渡邉陸【写真:古川剛伊】

1軍にしかない充実感…具体的に挙げた“違い”とは

 5月のある日、午前中にファーム施設「HAWKS ベースボールパーク筑後」に行き、取材を済ませて本拠地に向かった。みずほPayPayドームに到着したのは午後2時ごろ。ファインダーを覗き、一塁側カメラ席から写真を撮っていると「おはようございます」と声をかけられた。目線を上げると、渡邉陸捕手がいた。ファームの様子を見てきたことを伝えると、小さい声で漏らした。「筑後か、行きたくないな……」。

 緊張感のある日々を過ごすからこそ、心からの本音に聞こえた。プロ7年目の今シーズン、初めて開幕1軍入りを果たした。2022年に3本塁打を記録したものの、その後の2年間は1軍出場なし。「『なんか違うな』っていうのが2年続いていました」と苦悩を漏らした。「筑後にいきたくない」という言葉も、1軍に身を置き芽生えた新しい感情。どんな真意が、隠されていたのか。本人にもう少し具体的に聞いてみた。

「やっぱり、ここ(本拠地)で活躍しないといけない。筑後に行ったらまた、打ち続けないといけないだとか、プレッシャーがあるので。1軍でももちろんあるんですけど。そういうものと闘わないといけないので。1軍でやりたいなって思います」

 1軍は、チームの勝敗が全てを握る。結果を出さなければならないのは2軍も同じだが、他の選手と「昇格の枠」を争うという意味では、また別のものと闘っているのかもしれない。当然、充実感だってまるで違う。「環境も恵まれているし、泊まるホテルも食事もいい。野球で言えばお客さんの数も、緊張感も違う。そのぶん、打った時や勝った時の喜びも大きいので。そういうところが一番です」。この気持ちを味わってしまえば、もう筑後には絶対に戻りたくない。

「捕手らしさ」が表れたのが4月17日の楽天戦

 ここまで先発起用は4試合。ベンチスタートが目立つ中でも、捕手として心がけているのはコミュニケーションだ。試合前、自分の準備を終えるとすぐに投手陣のもとへ。限られた時間で、少しでもヒントを得るために会話を交わしている。「例えばですけど、杉山(一樹)さんならきのうの試合で『あれいけそうですね』とか、そういう話です。キャッチャー3人が共通して、投手がやりたいことをわかっておかないといけないので」と語る表情は、確実にたくましくなっている。

4月17日の楽天戦、松本裕樹と渡邉陸【写真:古川剛伊】
4月17日の楽天戦、松本裕樹と渡邉陸【写真:古川剛伊】

 投手陣からも「キャッチャーらしくなってきた」という声が、少しずつ聞こえてくるようになってきた。結果には繋がらなかったものの、その一例が4月17日の楽天戦(みずほPayPayドーム)だ。3点をリードした8回無死一、二塁でバッテリーを組んだのは松本裕樹投手。阿部を遊ゴロ併殺に仕留め2死三塁となり、鈴木を迎えたところで、渡邉はマウンドに行った。間(ま)を取ることではない。明らかに、2人の考えを擦り合わせている様子だった。

「きょうもヒットを打っていたので、どう攻めていくのかって話をしたかったです」

 鈴木は前日に4安打を記録し、この日も4回に右前打を放っていた。結果的に右翼線への二塁打を許し、2点差へと迫られたものの「お互いに決めた中でいった球だったので。『次は同じやられ方をしないように』という話は、終わった後にしました」と前を向く。「打たれる」という結果は同じだとしても、捕手として尽くせる手は尽くした。「自分が準備しているものを共有して、伝える。自分だけがわかっていても投手はわからないので。それは心がけています」。そんなプロセスにこそ、渡邉の確かな成長が表れている。

「大切なのはマスクを被っている時の意思表示」

「大切なのは、グラウンド上でマスクを被っている時の意思表示です。どういうボールが欲しいのか、とか。僕からしっかり表現しないと、伝わらないので。サインを出すだけじゃなくて、ストライクでいいのか、ボールでいいのか。コースを頑張るのか、高さを頑張るのか。どんな狙いで投げてもらいたいか、そういう細かいところまで伝えるようにしています」

 10日のオリックス戦(京セラドーム)では途中出場し、9回には左前に適時打を放った。今は限られているが、チャンスは絶対に逃さない。渡邉の姿勢が、チームを救う日が必ずくる。

(竹村岳 / Gaku Takemura)

OSZAR »